さくら

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どこからか、沈丁花の香り。
スーパーの駐車場の照明に照らされ、揺れる桜。
薄闇に光る、水仙の黄色。

体中がツンとする、春の存在感。
忘れてしまうことを、もうやめてしまおうか。
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# by rimnoi | 2017-04-23 01:01 | 日々

きみを待ってたんだ

梅っこ咲いだぁ~(大家さんのおばあちゃんから学んだ岩手の春を告げる言葉)

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とつぜん春が来て、花が一斉に咲き始めた。
この土地では梅と桜がほぼ同時に咲くため、どうしても梅の存在が薄くなりがち。
だけどわたしは好きだ、主張しすぎないちんまりした花も、空に向かって伸びる枝も。
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# by rimnoi | 2017-04-12 09:14 | 日々

四六時中うたた寝ばかり

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季節を越えた鉢植えの植物たちの、土を入れ替えた。
カチカチの土から乾いた根っこをやさしく剥がし、新しいふかふかの土に植える。
日の光の下、水をたっぷりと注ぐ。

新しい土は、すぐには水を含んでくれない。ゆっくりじわじわと染み込む。
やがて鉢底から流れ出す水が、コンクリートに自由な模様を描いていく。

ああ、人と人との関係もこんな風にゆっくりじわじわがいいな、と思う。
急いで距離を詰めるような、そんな関係は短命だ。
土の感触をゆっくりじわじわ、味わうように育んでいけたら、いいな。
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# by rimnoi | 2017-04-09 09:21 | Myanmar | Comments(0)

不機嫌なベーカリー

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よく行っていた近所の、タイ料理と中華がミャンマー風になって出てくる安くておいしい食堂が、わたしの帰国後に移転したということは知っていた。おそらく家賃の値上がりだろう。その場所には、すぐに日本の居酒屋がオープンした。

その隣には小さなベーカリーがあって、パンやチョコレートブラウニー、ケーキやプリンなど、それほど種類は多くなかったけど、どれもおいしくて、中でもブラウニーがお気に入りだった。チョコレートをつまみにお酒を飲む甘党の相方は、ブラウニーが晩ご飯になるほど好きだった。

店番をしていた若いおねえさんは、だいたいいつも昼寝していて不機嫌で。それでもちょっとだけ笑みがこぼれたときは、あ!笑ってくれた!とやけに嬉しくなったりして。お菓子のおいしさも含め、味のあるお店だった。

でも、そのベーカリーも去年閉めてしまい、今はやはり、日本人が絡む小洒落たベーカリーに変わってしまった。それもまた、おそらく家賃の値上がりだろう。あのおいしいお菓子は今、どこに行ってしまったんだろう、わからない。

夢と称した欲と初期費用だけはそこそこ持っている外国人にとって、空き物件があり、需要が見込めそうな場所柄であれば、後が続くかどうかはさておいても、商売をはじめる気持ちが高まるのは、わたしにだってわからなくはない。ただ、現地の人を追いやるかたちになっていることにまでは、想像が働かない。

ベーカリーの隣には、仲良くなった女の子が働いているローカルなコンビニがある。そこだけは何にも脅かされず涼しい顔でずっとお店を続けてほしいと、身勝手な外国人の一人でありながら、ローカルをこよなく愛するわたしはそう願っている。
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# by rimnoi | 2017-04-04 09:48 | Myanmar

四月

昨日、某生活雑貨のお店に行こうとしたら、ものすごい車の列で駐車場は満杯、待てば入れるとはいえ、そこまでして見たいものがあるわけじゃなし、Uターンした。

そうだった、新生活がはじまる人たちがいるんだった。家具家電、暮らしに必要なものを揃えるのに、昨日の日曜日は準備の最後の日だったんだ。旅立つ子どもたちのため、親が色々なものを揃え、動く、最後の日。そう思ったら、胸がじわりとした。
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18の春、わたしは上京した。
あこがれ続けた東京での暮らしのスタートは、23区内はおろか、「ワンルーム」という横文字の響きからも遠くかけ離れた六畳一間の昭和の古びたアパートだったけど、あの始まりの日のことを、今も忘れない。そして、始まりを迎えるまでに誰がそばにいてくれたかを、今も全然忘れられない。

参観日も卒業式すらも、とにかく行事は何であれ一度も来てくれたことのなかった母のこと。その日も、大きな荷物を肩にかけたわたしは、仕事中の母に、当然一人で歩いて駅まで向かうつもりで「じゃあ行ってくるね」とサラリと声をかけた。でも、その時に限って母は、慌てて仕事を放り投げ、わたしを車に乗せ、駅まで送ってくれた。

ずっと、自分一人で何でもやってきたつもりだった。朝はわたしの方が早く起きていたし、ご飯もほとんど一人で食べていた。高校生になってからはバイトしてお金を貯めた。アパートは17歳の冬に一人で上京して決めてきた。もう親の出る幕はない。一人食い扶持が減って母もせいせいしてるだろう。大丈夫、わたしはこれから一人で生きていく、なんたってあこがれの東京だ、イエーイ。そう思っていた。

そう思っていたのに、改札が開いて、今度こそ本当に「じゃあね」と言った時、母の顔が、ひきつっていた。泣くのを必死にこらえている表情だった。それを見て、何が一人で生きていくだ、馬鹿か、と一瞬でそれまでの自分を恥じた。一人で何でも出来たのは、母の存在があってこそじゃないか。

ふくらんだ希望だけを抱えた十代のわたしと、一人で必死に二人の子どもを抱えて生きてきた母とでは、一人で生きていく、の次元が違いすぎた。何がイエーイだよ。若くて馬鹿で自己中なわたしは、その時になってようやく、母のことを思い遣る気持ちが芽生えたのだった。

今、わたしはあの頃の母の年齢にもうじき追いつく。それでいて子どもはいない。
だから生涯、親の気持ちを知ることはないだろうと思う。それでも、この頃ふとしたときに胸がちくちくいたむのは、たぶん、年齢を重ねることでしか知り得ないいたみ、というやつなんだろう。決して実感は伴わないながらも限りなくそれに近しい、切なさを含んだやわらかな、ちくちく。


・・・ここ数年は、わりと早くに結婚した地元の友人たちが次々と我が子を送り出している。そんな彼女たちの背中は、ものすごく寂しそうで、ものすごくかっこいい。すべての親たちを、わたしは心の底から尊敬している。

別れの三月を経て、はじまりの四月。
旅立った子どもたちと、見送った親たち、みんなに幸あれ。


(写真はバンコク、安宿の窓から)
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# by rimnoi | 2017-04-03 13:37 | 日々

穏やかな愛のうたを

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春に追い抜かされないように。よーいドン。
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# by rimnoi | 2017-03-29 19:49 | 日々

3.11

*今日の岩手日報のコピーです*



 最後だとわかっていたなら

あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように 祈っただろう

あなたがドアを出ていくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい 「あなたを愛してる」と
わたしは伝えただろう


たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで 今日で全てが終わるのだとしたら
わたしは今日 どんなにあなたを愛しているか伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら 今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから



明日が来るのは当たり前ではない。
3月11日を、すべての人が大切な人を想う日に。

                岩手日報

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# by rimnoi | 2017-03-11 09:39

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