暗号

電話に出た瞬間から爆笑、言葉を発するたびに爆笑。
ねえ、真面目な話しをしようよ、と言えばまた爆笑。それはわたしたちが真面目な話しを拒みあっているのとは違う、深い信頼から沸き起こるものだということを、わたしたちは知っている。
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昨日、地元の友人から電話があった。今日これから、お母さんの手術だという。
そんな時に電話でほとんど爆笑してしまうなんて、普通ならありえないしお互いどうかしてるとしか思えない。でも、そうではないのだ。笑っていいのだ、今は。少なくともわたしたちは。

はるか昔、母の一度目の手術のあと、わたしは病院の公衆電話から彼女に電話をかけた。そして母が亡くなり、いちばんに電話をかけたのも彼女のもとだった。

もう駄目かもしれない、いやいや、明日にはいきなり元気になるかもしれない、そんな思いがせめぎ合う日々を経て、母が目の前で息絶えたとき、わたしは自分の感情をどこに持っていけばいいのか全くわからずにいた。電話の向こうにいる彼女に、親が死んだとは思えない明るい声で、その時まさに笑っていた。

病院から家に母が戻ると、現実が待っていた。通夜の準備、喪服の準備、なんだこれ拷問かと思うような事務的な現実。そこに、さっき電話した彼女がやってきた。生後三か月の赤ちゃんを抱いて、近いとは言えない距離を運転して、誰より早く母に、そしてわたしに会いに来てくれた。それでもわたしは、まだ笑い続けていた。

周りから見れば完全にヤバい人だっただろう。妙なテンションの高さで事務的なことをこなしつつ、いち早く駆けつけてくれ、和室に寝かされた母に触れてくれた彼女に感謝の思いを告げると、彼女は帰り際、わたしの手にぎゅっと手紙を握らせた。そしてわたしは、ようやく自分の心の内側でちゃんと泣くことができた。

「ひとりよがりはよくない。わたしという友がいることを忘れないでほしい」
今でも大切に持っているその手紙の言葉を、昨日の電話で彼女にそっくりそのまんま、爆笑を添えてお返しした。笑うことは、わたしたちにしかわからない、暗号のようなものだと思った。
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# by rimnoi | 2018-10-20 09:38

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週末に農家のおばあちゃんから買ったダリア。
鮮やかに主張する花を眺めていたら、美容師時代のことを思い出した。
ダリアの咲く姿は、七五三のお飾りの、つまみ細工そのもの。

三歳の子はまだ小さくて、椅子に座ると沈み込んでしまう。
すぐに飽きてしまうから髪を結うのも猛スピードで仕上げなければならない。
最後の方は疲れて、ふてくされて口角が下がっている。

それでも、紅をさすときには真剣な顔で鏡を見つめている。
下がっていた口角もきゅっとなる。
髪飾りをつけると、もう浮足立っているのがよくわかる。
早く帰ってお父さんに、おばあちゃんに、見せてあげなきゃ。
まだ蕾の花が、数十分のあいだにパッと花開くような、そんな瞬間。

慌ただしくて大変だけど、最後には「あーかわいい、あーかわいい、まじかわいい」
しか言葉が出てこなくなるのが七五三の仕事だった。

子どもの頃、わたしも七五三を。
母がわたしの髪にさしてくれた髪飾りも、たぶんダリアのようなものだった。
和室を探せばまだあるかもしれない花の髪飾り、懐かしい思い出。
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# by rimnoi | 2018-10-16 09:04

くるみゆべし

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閉じ込めたはずのあれこれがぎゅっとなって押し寄せる
くるみゆべし抱きしめながらの帰り道、湿った空気の秋の夜
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# by rimnoi | 2018-10-06 20:47

九月のこと

不気味な静けさの夜をこえて、十月。
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夏に火照った体と心をゆっくりと鎮めるべく、部屋でじっと動かず、特に何をしたわけでもなかったように思える九月は、振り返ってみれば、いくつかの特別なこと、と呼ぶべきよき時間があったことに気づく。

一年ぶりに盛岡にやってきた都会の友。休日ごとに日本各地を旅している彼女が、七月に珍しく海外へ、それもカンボジアへ行ったと聞いていたので、しまい込んでいたカンボジアのクロマーを引っ張り出し、首に巻いて彼女と会った。

わたしのクロマーは、首に巻かれ枕カバーにされ、安宿での共同シャワー後のタオルになり、スカート代わりに腰に巻かれるなど、これまで散々酷使されたせいで生地はしなやか、というか摩耗して、やわらか。そのやわらかなクロマーを身に着けて会う一年ぶりの彼女もまた、やわらか。

会うたび変わらぬ笑顔と穏やかさ、素朴さに、わたしはいつでも彼女にホッとさせられるし、うちの息子の嫁にほしいとずっと思っている。子どもいないけど。

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友がやわらかな余韻を残して去った翌週、フェスがあった。
ほぼ毎年来てくれていた好きなアーティストが今年は来ない、ということでショックを受けつつも、お目当てがいないことで見つかる何かを探しに、市街地に点在するステージを駆けずりまわった。

生は、やっぱりすごくいい。作りこまれた映像が加わるミュージックビデオもそれはそれですごくいい、沈む夕日に向かって歩く帰り道に自分だけの耳元で鳴る音も、もちろんいい。けれど、生はそのどれにも勝る圧倒的な魅力がある。数えきれないほどのむき出しの感情がそこにある、カオス。浮かれながら、腐りながら、誰もが全力で生きていることを肌身で感じられる。

フェスで得た熱をもって、今月はライブハウスへ行く。
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四月からの半年間、五年ぶりに町内会の班長をやっていた。
順番通りならば本当は来年だったのだけど、後期高齢者の多いこの町内、ご近所さんたちにも変化があり、変則のかたちをとって早く順番がまわってきた。

この町内は幸いなことに、いわゆる「うるさい人」「めんどくさい人」がいないため気負わずやれるということもあるけれど、人見知りしないわたしにとっては各家庭をまわることも苦ではなく、福祉だよりなんかを配りに行くと、日ごろから挨拶を交わしているおじさんなどは、「おっ、ラブレターかな?」とか冗談を言ってくれるくらいに和やか、穏やかな町内なのだった。

そうして昨日、順番を変わったお向かいさん宅へ班長の引き継ぎに行くと、パソコンで作成するちょっとしたお願いことをされ、そのお返しにと、おじさんが作った手彫りのフクロウの置物をいただいた。

細かく手彫りされた愛らしいフクロウ。いただいたそれを手にしたとき、嬉しくてぎゃーぎゃー騒いでいたら、おじさんからさらにふたつのフクロウをいただいてしまった。「しあわせが来るからね!」と横からおばさんに言われながら計三つのフクロウを手に、徒歩五秒の距離ながらスキップしたい気分で帰宅した。

おじさんが家の前でいつも木を削って何か作業していたことをわたしはずっと前から知っている。そして、ここ最近おじさんが体調を崩していること、今年、まだ一度も家の前で木を削っていないことも知っている。そんなおじさんが、ニコニコ笑顔で手渡してくれたフクロウ、ずっとずっと大切にしていこう。
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さて、十月。
もう台風はこないでね、と念じながら白湯でも飲もうか。
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# by rimnoi | 2018-10-01 11:15

冬支度

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ホットカーペットを敷いて、ストーブに灯油を入れた。
鉄瓶を火にかけることからはじまる朝が、ストーブをつけることからはじまる朝に変わるまで、あと少し。
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# by rimnoi | 2018-09-26 19:08

盛岡八幡宮

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八幡宮の例大祭にて行われた奉納演武、相方のデビューを友と観に行った。
秋晴れの光の中、袴姿の人たちが神様に捧げるそれは、美しい光景だった。
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習い事って、そういえばわたしは何かやってたことがあったっけ?
と、思い返せばそろばん塾をすぐやめたとか、そんな記憶しかないんだった。
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# by rimnoi | 2018-09-23 09:39

明け方

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わずかに夏を纏っていたそれまでのわたしはこれからどこへ行けば、どこに向かえばいいのかわからずにいたのだけど、新しい曲を聴いたらもう一瞬にして秋にぐるぐる巻きに包まれてしまった。
だから安心してプリン作りを再開したり、ウズベキスタンのナンをまた焼いたり、全巻揃って積み上げられた鬼平犯科帳をうっとり眺めたりしようと思った。
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# by rimnoi | 2018-09-15 14:15

半分フィクション


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